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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
そして庭下駄を突っかけると、体操のような真似をしながら、縁台のまわりを、ぐるぐる歩きまわった。
「もっとお涼みになる?」
お民がやっと口をきいた。
「うむ、縁台に茣蓙を敷いてくれ。」
お民が茣蓙を取りに奥に這入ると、恭一と俊三とはすぐそのあとを追った。次郎は、まだひとりで縁側に坐ったままでいたが、その時ふと彼の眼にしみついたのは、父のお膳に残された一切れの卵焼であった。
おおよそ次郎にとって、卵焼ほどの珍味は世界になかった。そして、お浜の家での彼の経験から、彼は、よほどの場合でないと、そんな珍味は口にされないものだと信じていた。ところがこの家では、お祖母さんが離室で、おりおり卵の壺焼をこさえては、おやつ代りに恭一と俊三とに与えている。現に、今日の昼過ぎにも、二人がそれを食べながら、離室を出て来るのに、次郎は廊下で出過したのである。彼はその時、つとめて平気を装ったが、二人の口から、温かく伝わって来る卵焼の香気を嗅がされた時には、自分だけをのけ者にしている祖母に対して、燃えるような憎悪を感じ、これから先、どんなことがあっても、離室の敷居はまたぐまい、と決心したほどであった。