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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
と口で云いながら、女としての本心は羨望のためにするどく痛んだ。できることなら自分も背に子を負いたかった、埃を浴びて生きたかった、そしてそうする機会も無くはなかったのである。だがかの女には十六のときから身に付いた貼札があった、貼札に順応して生きてきた習慣があった。人間をしっかりと掴む生活感情の力はなみたいていのことで断ち切れるものではない。まして好むと否とにかかわらず頽廃は人を酔わすものだ。梅八はすでにその酔いを忘れる事の出来ない女になっていた。――しようがないじゃないか、これが自分の生得の運なのだ、誰も彼もそう思うように生きられるものじゃない、これだってまんざら捨てた暮しでもないんだから。そう心をきめてしまった。そしてようやく落ち着きかかったとき世の中がにわかに変貌をはじめたのであった。
遊蕩の世界ほど時代の反映の早いものはない。不動のものと思えた習慣や風俗が、はじめはそれと見えぬところから崩れだし、古い伝統がいつか少しずつ新しいものに席を譲ってゆく。――この頃はやぼな遊びがはやる、そう思っているうちに、それが遊びの本筋になってしまった。――客がみんな田舎者になって面白くない、そう云っているうちにその田舎者が主な客になっていった。