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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

それでも復活した斉昭がそのまま隠退の地位にいる限り、かれもまた表面からは隠れながら、まだおのれの勢力を操ることができる。しかし幕府の情勢はしだいに変って来つつある。斉昭をあげて政治に参与せしめる気運は、もはや避けがたいことのようにみえていた。それが実現される時は、とりもなおさず寅寿の完全に亡びる時なのだ。

水戸家の千年をのみ固執する寅寿の肚と、水戸家を抛っても王政復古の大なる策運をうちたてようとする斉昭、ならびにその腹心の士とは、そのまま封建と維新との対立であった。寅寿は奸臣と呼ばれながら、なお水戸家のために身命を捨てる決意に欠けてはいない。かれはいま国老鈴木石見守を動かし、また滝川内膳と握って、高松藩の力を自分の薬籠中のものにしようとしている。そのためには、梅八をここまで狎れさせる手数をも厭わなかった。梅八のことは、竹亭寒笑を手先に使おうとした滝川内膳の示唆による。そしてかれはほぼその目的とするところを握り当てたようだ。すべてはお家のためだ。事情はこういう手段をとらざるを得ぬところまで来ているのだ。

かれははじめからそう思っていたのである。短い曲をひとつ吹き終ると、寅寿はしずかに立って支度を直した。