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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「当地へ帰りましたろうか」

「……なんぞ用か」

「帰っていたら会いたいのです、ちょっと貸があるものですから」

左近はなんとも答えなかった。一昨日、夜になって校川宗兵衛がひそかに訪ねて来て、秀之進からの返辞を聞いた。「水戸への使者の目的は達せられなかった」ということであった。秀之進がそれからどうしたかは、宗兵衛はなにも云わなかったけれど、その口うらから察すると、すぐに高松へは帰れぬ要務に就いたらしい、だから久木直二郎の「貸」がどういう種類のものかわからないが、仔細を聞くには及ばぬだろうと思ったのである。

運ばれた食膳は心の籠ったものだった。しかし久木も武田も無雑作にたべ、終るとすぐにいとまを告げた。

「帰国するまえにまた訪ねてまいるがよい」

左近がそう云うと、魁介はぶっきらぼうな調子で答えた。

「名だかい左近さまの法華講釈も、高松みやげに拝聴して帰りたいと思いますが、天下多事のおりから、それもかなわぬかと存じます、御平安をいのりあげます」

そして二人はさっさと辞去していった。

久木と武田を送りだして、書斎へ戻った左近は、侍臣から校川宗兵衛が面会を求めに来ていると告げられた。