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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

から、これは少し乱暴だよ、むしろ無法だよ、だって宿の者も宮守の老人もあれほど云っているんだからな、え……なにか云ったかい」

「なにも云わないよ」

秀之進はしずかにそう答えた。

「それは結構、つまり、なにも仰しゃらないというわけだ、文句はない、云うだけの値打もない、おい待って呉れ、ちょっと足袋の中の砂を払うから」

道は矮草帯へぬけ、さらに裸の砂と岩地にかかった。秀之進はずんずん登ってゆく。休みなしである。足どりはゆっくりしているがさすがに堪えるので、大助の饒舌もだんだん途切れだした。二合目へたどり着いたときには肉の厚い胸を苦しそうに波うたせ、あたりを見まわしながら、

「早水さん、ぜんたい富士山はどこへ行っちまったのかね」というのが精々だった。

二合目の岩屋でかれらは夕食をした。石の竈に備えつけの鍋で持って来た糒をもどし、干味噌をまぜた雑炊を作って喰べた。そしてひと休みするとすぐにまた出発した。

夕食まえから山のまわりは密雲に閉ざされていたが、二合目の岩屋を出ると間もなく風が吹きはじめた。北東の寒冷な風だった。凛冽という文字のぴたりはまるもので、皮膚をさき骨をさすかと思った。