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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「おい、こっちだこっちだ」

大助はびっくりしてふり返った。いかにも町はずれらしい、ごみごみした家並の、細い路次のあいだに一人のさむらいが立って手をあげていた。早水秀之進だった。

「あっ早水」

「人に見られるなよ」

秀之進はくるっと踵を返した。

「やっぱりあんただったな」

「黙って来たまえ」

秀之進は町裏へぬけると、青々と伸びた稲田のあいだの径を、さっさと東へあるいてゆく。田の畔には榛の木が植えてあるので、そこまではいると街道からは見えない。秀之進はその細い径を、まるで大助のことなど忘れたように、すたすたと黙って先へあるくばかりだった。

「もういいだろう」田のあいだをぬけて、北から東へまがって来る新しい道へ出たとき、はじめて秀乏進はふりかえった、「せわをかけたな」

「それだけですか」大助は額の汗を押しぬぐった、「冗談じゃない、こっちはわけがわからないものだからまごついたのなんの、はじめに子供にひと言そういって呉れれば」

「云えば事情が違ってくる」秀之進はしずかに遮った、「あいつは土浦の向うから跟けて来た、ようすをみるとおれを斬るつもりらしい」

「……斬るって?」

「眼の色がそうだ、べつにそれを怖れはしないが、御用をはたすまでは大切なからだだから、なるべく無事に眼をのがれようと思った、それでひとまず武蔵屋へ草鞋をぬいだのさ」