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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「富士の岩屋で会った兄妹はどうした」

舟が岸をはなれると、ふと秀之進がそう云った。

「兄のほうは死んだよ」

「……やっぱり」

「可哀そうな身の上だった」

大助は藤尾から聞いた兄妹の悲運のあらましを語った。秀之進にも柿崎兵馬が甲辰の難で宇和島に庇護された水戸藩士菊池為三郎と関わりがあったという点には、かなり興味を惹かれたようだった。けれどもそれ以上にはべつにその悲運にうたれた風もなく、同情を唆られるようすも示さなかった。

「それで、その妹はどうした」

「それがさ」大助はちょっと詰った、肉付きのいい円い顔にまぶしそうな表情がうかぶ、ちょうどいたずらを発見された子供のようだった、「いま云ったように吉田から来た討手につけ覘われているし、身寄りもないまったくの独りで、どうにも振り棄ててゆくわけにはいかないんだ」

「云いわけをすることはないよ」

「云いわけじゃないさ、道理のあるところを云ってるんだ、だって本当にそうなんだから」

「要点だけ云えないのか」

「つまり、……要点を云えば、江戸へつれて来て知り合いの女の家へ預けたのさ、知り合いの女といったってべつに仔細はないんだからね、年はもう五十七になるんだ、一中節の師匠をしていてね、まあ生粋の江戸ッ子だろうな、そこへ預けたわけなんだ」