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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
とあるは二葉亭のこの間の芸に魅入られた心境を説明しておる。だが、こういうと馬鹿に難かしく面倒臭くなるが、畢竟は二葉亭の頭の隅のドコかに江戸ッ子特有の廃頽気分が潜在して、同じデカダンの産物であるこういう俗曲に共鳴したのであろう。これを日本国民が二千年来この生を味うて得た所のものと国民性に結びつけて難かしく理窟をつける処に二葉亭の国士的形気が見える。
だが、同じ日本の俗曲でも、河東節の会へ一緒に聴きに行った事があるが、河東節には閉口したらしく、なるほど親類だけに二段聴きだ、アンナものは三味線の揺籃時代の産物だといって根っから感服しなかった。河東節の批評はほぼ同感であったが、私が日本の俗曲では何といっても長唄であると長唄礼讃を主張すると、長唄は奥さん向きの家庭音曲であると排斥して、何といっても隅田河原の霞を罩めた春の夕暮というような日本民族独特の淡い哀愁を誘って日本の民衆の腸に染込ませるものは常磐津か新内の外にはないと反対した。この俗曲論は日本の民族性の理解を基礎として立てた説であるが、一つは両親が常磐津が好きで、児供の時から聴き馴れていたのと、最一つは下層階級に味方する持前の平民的傾向から自然にこれらの平民的音曲に対する同感が深かったのであろう。