轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
余は常に学校に行くを楽みとせしが、学問するが面白きにはあらで、学校にて衆童と遊戯嬉笑するが面白きゆゑなりき。
余のすめる近傍の児童は皆余の朋友なりき。但し何人も経験したる事ならんが、余の朋友中年たけたるもの二人ありたり。件の両人相親しむ時は余らは皆その麾下に属してさまざまなる悪戯をして戯れしが両人仲違ひしたる時は余らもまた仲間割れをせり。余は到つて臆病なりしかばかかる時は常に両人中余の尤も懼るる方に附き随ひて媚を献じてその機嫌を取れり。
余はかくの如く他人に対して臆病なりしかど、家人に対して大胆にていはゆる湾泊を極めたりき。余は甚だしき疳性にて毎朝衣服を母なる人に着せてもらひしが、常に一度にては済まず、何処か気持悪しければ二、三度も着かへるを常とせるをもて、これに由りて母なる人を苦めたる事もありき。
概していへば当時の余の心状は卑劣なりしなり。
以上はその全文である。取出でていうほどの奇はないが、二葉亭の一生を貫徹した潔癖、俗にいう気難かし屋の気象と天才肌の「シャイ」、俗にいう羞恥み屋の面影が児供の時から仄見えておる。かつこの自伝の断片は明治二十二年ごろの手記であるが、自ら「当時の余の心状は卑劣なりしなり」