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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
この時代の愛読書であって、二葉亭の思想を豊かにし根柢を固くしたのはモーズレーの著述であった。殊にその“Pathology of Mind”は最も熱心に反覆翫味して巨細に研究した。この時分の二葉亭の議論の最後の審判官は何時でもモーズレーであって、何かにつけてはモーズレーを引合に出した。『浮雲』に二箇処まで見えるサリーやペインも愛読書であって、サリーの所説はしばしば議論の典拠となったが、殊に傾倒していたのはモーズレーの研究法であった。
が、二葉亭は如何なる場合にも批評家であった。科学を除いては総ての研究は空理であるといいつつも科学にもまた不満足であって、科学に偏するスペンサーの哲学の如きも或る程度以上は決して推服していなかった。かつ常に曰く、「科学となると全然無識だから、勢い兜を脱いで降参しなけりゃならぬが、例えば22が4というは欺くべからざる確実の数理であっても、科学者が天体を観測するに方って毫釐の違算がしばしば何千万億の錯誤を来すと同様に、眼前の研究にもまた同じ誤算がないとは限らない。数その物は確実であっても数を算出する運算の方式は必ずしも正しいとは信じられない、」