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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
と。この理由からして科学者の説を有力な参考としていても或る程度以上はやはり余り信仰しなかった。「科学者というものは枝ぶりや花ばかりを気にして根を枯らすを忘れる素人植木屋のようなものだ、」といっていた。
呉秀三博士の『精神啓微』や『精神病者の書態』を愛読して、親しく呉博士を訪うて蘊蓄を叩いたのはやはりその頃であった。続いてロンブロゾ一派の著書を捜って、白痴教育、感化事業、刑事人類学等に興味を持ち、日本の現時の教育家や宗教家がこれらの科学的知識を欠くため渠らの手に成る救済事業が往々無用の徒労に終るを遺憾とし、自ら感化院を創めて不良少年の陶冶や罪人の矯正をしようという計画を立てた事もあった。
無論書斎の空想で、実行する意があったとも思われなかったが、計画は頗る科学的であった。当時の二葉亭の説を簡単に掻摘むと、善といい悪というは精神の健全不健全の謂で、いわゆる敗徳者、堕落者、悪人、罪人等は皆精神の欠陥を有する病人である、その根本の病因を医さないで訓誡、懲罰、刑辟を加えても何の効があるはずがない。今日の感化院が科学の教養のない道学先生に経営され、今日の監獄が牛頭馬頭に等しい無智なる司獄官に一任される間は百年河清を待つも悪人や罪人の根を絶やす事は決して出来ない。