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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
その頃は何に由らず彩色人の摺物は絵双紙屋組合に加入しなければ作れなかったもので、喜兵衛はこれがために組合へ加入して、世間の軽焼の袋が紅一遍摺であるに反して、板下に念を入れた数遍摺の美くしい錦絵のような袋を作った。疱瘡痲疹の患者は大抵児供だから、この袋が忽ち大評判となって一層繁昌した。(椿岳の代となって自から下画を描いた事があるそうだ。軽焼屋の袋は一時好事家間に珍がられて俄に市価を生じたが、就中淡島屋のは最も珍重されて菓子袋としては馬鹿げた高価を呼んだ。今では一時ほどではないが、やはり相当の価を持ってるそうだ。)
喜兵衛の商才は淡島屋の名を広めるに少しも油断がなかった。その頃は神仏参詣が唯一の遊山であって、流行の神仏は参詣人が群集したもんだ。今と違って遊山半分でもマジメな信心気も相応にあったから、必ず先ず御手洗で手を清めてから参詣するのが作法であった。随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏の手洗い所へ矢車の家紋と馬喰町軽焼淡島屋の名を染め抜いた手拭を納めた。納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少くも喜兵衛は最も早く率先して盛んにこれを広告に応用した最初の一人であった。