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ふたばていよだん

新編 思い出す人々

内田 魯庵

内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页

青空文庫

とさも恥入るという容子だった。それから三十年経った今でさえ尚だダアウィンを覗かない私は今でも憶出すと面目ないが、なお更その時は消え入りたいような気持がした。

その時私より三、四十分も遅れて大学の古典漢文科の出身だというYが来問した。この人の口から日本将来の文章という問題が提起された。その時の二葉亭の答が、今では発揮と覚えていないが、何でもこういう意味であった。「一体文章の目的は何である乎。真理を発揮するのが文章の目的乎、人生を説明するのが文章の目的乎、この問題が決しない中は将来の文章を論ずる事は出来ない。この問題が定まれば乃ちその目的を達するに最も近い最も適する文章が自ずから将来の文体となるのである――」という趣旨であった。

この答には私は意外の感に打たれた。当時私はスペンサーの文体論を初め二、三の著名な文章説を読んでいたが、こういう意味の文章論をいわゆる小説家の口から聴こうとは夢にも思っていなかった。問題の提出者たる古典科出身のYは不可解な顔をして何ともいわなかった。

ドストエフスキーを読んで落雷に出会ったような心地のした私は更に二葉亭に接して千丈の飛瀑に打たれたような感があった。