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にっき

日記

宮本 百合子

07 一九二一年(大正十年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 61,953 字 · 124 页

青空文庫

昨夜、Aが大学の言語学会からかえって来、電車の中で原首相が刺されたと云って居たが、夕刊に出て居るかと云う。自分の見たのはない、噂の間違いでしょうと云って居ると号外が来、事実だと判明した。

京都へ、タイムスの社主ノースリックスに会おうとして、七時半東京ステーションを出ようとして、十八九のかすりの着物、茶の鳥打帽の少年に、短刀で胸をさされ、十分で死んでしまったのだ。自分は激しいショックを感じ、机に向ったが、床に入ったが何も出来ないような心持がした。たった十分、たった一つの突剣で、大臣と云われ、怨府となってもとにかく政府を支えて居た原敬が、死に、無力になり、つまり土になってしまう。

ああ! と思う。人間の命。命。感歎に堪えない。勿論彼のした仕事は大きく歴史的人物ではあろう。けれども、彼と云う人格は、十年の後幾人の胸に生きるだろう。五日の朝机に向っても驚が鎮らず、仕事の出来ない驚は、もう三日自分に止まらないことが分って居る。原さんが殺された、と云うことは自分にとって些も政治的の意味なく、総理大臣、天皇の次と云う地位は、人間の真に生きる生命に、何の権威をもって居るか、と云う、まのあたりの真実曝露である。