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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
そして、しばらくの間は、むずむずした気分で、それに見入っていた。そのうちに彼の右手の人差指がいつの間にかそろそろと伸びていって、こわいものにでも触れるように、そっとお鶴の頬をかすめたのである。
お鶴には、次郎が何でそんなことをするのかわからなかった。で、彼女は相変らずお玉杓子を頬にくっつけたまま、きょとんとして次郎の顔をみつめた。
お兼は、藪睨みの眼を一層藪睨みにして「ひっひっ」と次郎のうしろで笑った。
次郎は、その笑い声をきくと、何か非常に悪いことでもしたように思って、きまり悪くなった。ところで、男の子供というものは、きまり悪くなると、時として、妙に乱暴な気分になるものである。彼は急に立ち上って、あたりにあるままごと道具を、めちゃくちゃに足で蹴ちらしはじめた。
お兼がまた「ひっひっ」と笑った。
すると、次郎は何と思ったのか、今度はいきなりお鶴の方に飛びかかって行って、お玉杓子のくっついている頬をぬじ切るようにつねり上げたのである。
お鶴は火がつくように泣き出した。
「父っちゃん」と、お兼は金切声をあげて、校番室の方に走り出した。そして、それから一二分の後には、次郎の両手は、勘作の木の根のような掌の中に、しっかりと握りしめられていたのである。