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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

そして今では、どこいらに校舎があったのかさえ、見当がつかなくなってしまっている。

お鶴からの年賀状だけは、その後も大事に雑嚢の中にしまいこまれていたが、手垢がついたりするにつれて、それも次第に次郎の興味を惹かなくなり、いつとはなしに、彼の雑嚢の中から影をひそめてしまった。

お浜に関する思い出の種が、こうしてつぎつぎに消えていくことは、ある意味では、次郎の心を落ちつかせた。しかし、彼が最も親しんで来た一つの世界の完全な消滅が、彼の性格に何の影響も与えないですむわけはなかった。立木を抜かれた土堤のように、彼の心は、その一角から次第に崩れ出して、一つの大きな空洞を作ってしまった。その空洞は、わけもなく彼を淋しがらせた。そしてその淋しさをまぎらすには、もう戦争ごっこや何かでは間にあわなかった。彼は、ともすると、一人で物を考えこんだ。そして、そろそろと物を諦めることを知るようになった。それが一層彼の性質を陰気にした。

しかも彼は、こうした心の変化の最中に、不思議なほど続けざまに人間の臨終というものに出っくわしたのである。六月には正木の伯母が死んだ。九月には従兄弟の辰男が死んだ。