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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
念仏の声が急に繁くなった。次郎は、いつぞやそこでお祖母さんを転がした時のことをふと思い浮べたが、念仏の声に圧せられて、その思い出もすぐ消えてしまった。
お祖父さんは、どの部屋に這入っても、うなずくような恰好をしてみせた。次郎は、これまで自分に大して交渉のなかったお祖父さんのそうした表情を珍しく思った。そして、それが何となくなつかしいもののようにすら思えて来た。
二階を除いて、部屋という部屋は、ほとんど一巡された。そして、再び離れの病室に落ちつくまでには、おおかた小半時もかかった。
病人は疲れてすぐ眠った。傾きかけた日が障子を照らして、室内はいやに明るかった。病人が眠ったのを見ると、みんなはぞろぞろと部屋を出て、あとには俊亮とお祖母さんと次郎とだけが残った。
次郎は不思議にお祖父さんの顔から眼を放したくなかった。そのくぼんだ眼と、突き出た頬骨と、一寸あまりにも延びた黄色い顎鬚とが、静かな遠いところへ彼を引っぱっていくように思えたのである。
「次郎は賢いね。」
お祖母さんは、病人の足を擦ってやりながら言った。
次郎は、お祖母さんにこんな口を利かれると、きっとそのあとに、いやな仕事を言いつかるのを知っていたので、いつもなら、すぐ反感を抱くところだったが、今日は不思議に何とも感じなかった。