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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

離室は人の頭で真っ黒だった。大ていの人は立ったまま病人を見つめていた。次郎がその間をくぐるようにして前に出た時には、ちょうど医者が注射を終ったところであった。

「大丈夫でしょう、ここ一二日は。……しかし今日のような御無理をなすっちゃいけませんね。」

と、医者は俊亮の耳元に口をよせて、囁くように言った。

「よほど静かにやったつもりですが、……」

「どんなに静かでも、これほどの御病人を動かしたんでは、たまりませんよ。」

間もなく医者は出て行った。みんなも安心したように、ぞろぞろとそのあとにつづいた。部屋には、家の者全部と念仏好きの老人たちだけが残った。

次郎は、その時まで、まだ突っ立ったままでいたが、急にあたりががらんとなったので、自分もそこに坐ろうとした。そのはずみに、彼は自分がカステラの箱を抱えていることに気がついて、急に狼狽した。

「次郎、お前何を抱えているんだね。」

と、お民が先ずそれを見つけて言った。みんなの視線が次郎に集まった。するとお祖母さんが、

「おや、カステラの箱じゃないのかい。さっきお茶の間においたのが急に見えなくなったと思ったら、まあ呆れた子だね。