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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

「それとも、泊って行く? お母さんに叱られやしない?」

「僕帰るよ。」

次郎はそう答えるより外なかった。

「じゃ、誰かに送らせるわ。」

春子は、次郎の予期に反して、あっさりとしていた。

「一人でいいんだい。」

「いけないわ、由ちゃんの仲間が、まだそこいらに見張っているかも知れないのよ。あの子はしつっこいから。」

「僕、負けはしないよ。」

「勝ったって、負けたって、喧嘩する人、大嫌いだわ。」

「大嫌い」という言葉が、次郎の頭に強く響いた。しかし、送って貰って、由夫に卑怯だと思われるのもいやだった。

「次郎ちゃん、泊っていけよ。」

竜一が起きあがって言った。次郎は春子の顔を窺いながら、默って立っていた。

「でも、お母さんに叱られやしない。」

春子は念を押した。

「叱られはしないけど。……」

次郎は竜一がもっと何とか言ってくれるのを期待しながら、あいまいな返事をした。

ちょうどその時だった。二、三間先の庭の生籬が、だしぬけにざわざわと音を立てて揺れだした。誰か外の方から揺すぶったらしい。

三人は一斉にその方に眼をやった。

「だあれ?」

春子が声をかけた。しかし、それっきりしんとして物音がしない。