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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
めったに誰も笑わなかった。角帯の人たちは、おりおり下卑たことを言って、みんなを笑わせようとしたが、村人たちは顔を見合わせて、かえってにがい顔をした。女の人もかなり来ていたが、中には、そっと眼頭をおさえている者すらあった。ただ俊亮だけが、いつも微笑を含んでいた。
次郎は、そうした人達の表情を、ほとんど一つも見逃がさないで見ていた。俊亮のほかに、家の者でその場に顔を出していたのは、次郎だけだった。彼は、しばしば茶の間から、母に呼びつけられて、
「子供の見るものではない。」
と叱られたが、どんなに叱られても、彼は、また、いつの間にか座敷にやって来ていた。
彼の心をひかれた品物が誰の手に渡るのか、そして、その人がどんな顔付をして、品物を受取るのか、それが、無性に見たくて仕方がなかったのである。
売立が始まってから、二時間もたった頃、竜一の父が診察着のままで、あたふたとやって来た。そして、俊亮に何かこそこそと耳打ちした。しかし俊亮は、
「御好意は有難う。だが、いずれ一度は始末をつけなければならんのでね。……いや、全くどちらにも相談なしさ。」
竜一の父は、軽くうなずいた。