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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

お浜の声である。

「やっぱり帰ろうとは言わないのかい。」

「ええ、ちょいと門を出るのでさえ、このごろでは、おずおずしていらっしゃるようで、そりゃおかわいそうなんですの。」

「でも、私から、じかに言って聞かしたら、納得しないわけはないと思うのだがね。」

「そうだと結構でございますが……」

「親身の親が言ってきかしても、駄目だとお言いなのかい。」

と、少しとげのあるものの言いかたである。それが次郎にもよくわかる。

「そりゃ、仕方がございませんわ。」

お浜の突っ張る声。次郎はそれでいくらか気が強くなる。

「困った子になってしまったわ。」

次郎は、胸のしんに異様な圧迫を感じた。お浜は返事をしない。しばらくは、団扇の音だけが、ばたばたと聞える。

「とにかく、今夜はどんなことがあっても、つれて帰るつもりでやって来たんだからね。……まだ寝ついてはいないんだろう。」

急に団扇の音がやんで、誰かが立ち上るような気配がした。

次郎は唾をこくりとのんで、爺さんの方に寝がえりを打った。そして鼾をかくまねをした。しかし、彼の瞼はぶるぶるとふるえて、心臓の鼓動が乱調子なのを物語っている。