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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
ことに母さんの病気は気分が何より大切だからね、もしこちらにいたけりゃ、第一、皆さんの言いつけを素直にきくこと、それに勉強、それから学校がひけたら、さっさと帰って来て、さっきお前が言ったように、母さんのお世話をすることだ。いいか。次郎。」
次郎はこれまで、こんなに立てつづけに、しかも厳しい口調で、父に教訓された経験がなかった。彼は、父特有ののんきな調子を、どこにも見出すことが出来なかったばかりか、かえって言葉のはしばしに、何かしら深い苦しみがにじみ出ているようにさえ感じた。
彼はやはり泣きつづけていた。しかし、もう彼の涙は、決してわけのわからぬ涙ではなかった。彼は父の立場を考えた。彼自身の立場を考えた。そして、何かしら非常に重たいものが、彼の五体にのしかかって来るような感じがした。
彼はむせびながら言った。
「父さん、悪かったよ。僕……僕……」
彼のこの謝罪には、少しの偽りもなかった。かといって、それは純粋な感情の表示でもなかった。この言葉の奥には、感情と共に理性と意志とが仂いていた。彼はもう一個の自然児ではなかった。複雑な人生に生きて行く技術を意識的に仂かそうとする人間への一転機が、この時はっきりと彼の心にきざしていた。