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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

「どうしたというんだよ。」

彼女は、提灯をさし上げて闇をすかした。しかし、次郎はすでにその時、路に近い大きな石塔のかげに身をひそめていたので、お民はどこにも彼の姿を見出すことが出来なかった。

「次……次郎っ。」

お民は、半ば嗄れた声で、そう叫びながら、提灯をさし上げて、一間ばかりのところを往ったり来たりした。しかし、墓地に這入って探してみようとは決してしなかった。次郎は、石塔のかげから、じっとその様子を見守っていた。すると提灯の火は、間もなく、ぶかぶかと闇を走って、一丁ほど先の家なみの明るい中に消えていった。

次郎の心はしいんとなった。同時に、蚊がぶんぶんと自分の体のまわりにたかって来るのを感じた。

彼は、しかし、これからどうしていいのか、少しも見当がつかなかった。彼の心からは、すべての人間が見失われて、足をはこぶ目当がなくなっていた。彼は墓石に腰をおろしたまま、じっと闇を見つめた。

十分あまりの時間が、蚊のうなり声の中ですぎた。

「もう逃げて行ったのかも知れないが、ちょっとそこいらを見ておくれ。」

お民の声である。

「この中をですかい。まさか子供一人で……」