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しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 153,641 字 · 305 页

青空文庫

故に詩の形式に於ける答解も、つまりは内容に於けるそれと同じく、どこにも共通普遍の一致がない、各人各説の独断説にすぎないことが推論される。しかし此処では、仮りに各人の意見が一致し、文字通りの正解された韻文を以て、詩の詩たる典型の形式であると認めておこう。しかしそれにしても、尚この答解は疑わしく、定義として納得できないものを考えさせる。

もし果してそうであり、詩の詩たる所以が韻文であるとするならば、およそ韻律の形式によって書かれたすべてのものは、必然に皆詩と呼ばるべき文学に属するだろう。然るに世には、正則なる律格や押韻やの形式をもっていながら、本質上に於て詩と称し得ないような文学がある。即ち例えば、ソクラテスが韻文修辞の練習として、獄中で書いたと言われるイソップ物語の押韻訳や、アリストテレスが書いたと言われる、同じ押韻の哲学論理や、或は我が国等によく見る道徳処世の教訓歌、学生が地理歴史の諳記に便する和歌等のものである。これ等の文字は、確にだれがみても異存のない、文字通りの正則な韻文であるにかかわらず、本質上から詩と呼ぶことができないのである。反対に一方には、ツルゲネフやボードレエルの書いた詩文の如く、散文の形式であるにかかわらず、本質から詩と呼ばれてる一種の文学、即ち所謂「**散文詩」