轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 153,641 字 · 305 页

青空文庫

今日の所謂「自由詩」が、実にこの疑問から出発した。彼等は韻文の形式に窮屈して、より拘束なき自由の音楽を呼ぼうとした。しかしながら今日、自由詩は尚詩壇の「一部のもの」にすぎない。すくなくとも西洋に於ては――日本はこの際、特殊の事情によって例外する。――自由詩は全般のものでなくして、或る一部の詩人に属するもので、爾余の大半の詩人たちは、今日尚規則的なる、韻文の形式を捨てないのである。何故だろうか? 彼等の頭脳が古く頑冥な為であろうか。否。現代の最も進歩した詩人すらが、しばしば厳格なる韻律形式を固守している。かの象徴派の詩人にして、欧洲に於ける自由詩の開祖と目されるヴェルハーレンすらが、後には自由詩を廃棄して、最も形式的なる押韻詩の作家になったのである。

かく規則的なる韻律詩が、今日尚自由詩と相対立して、詩の形式を二分しているところを見ると、何等かそこには、定則韻文の有する独自の意義が感じられる。すくなくとも今日の定律詩人は、単なる因襲の慣例によって、無自覚にクラシックな韻文を書いているのではない。何等かそこには、自由詩によって満足されないところの、別の適切な表現を感じているからである。