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しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 153,641 字 · 305 页

青空文庫

換言すれば、俳句の表現は「情象」であって、実の客観の「描写」でない。

この点について、世には俳句を誤解している人がある。即ち或る人々は、俳句を以て単に象徴主義の徹底した表現と解しており、自然に於ける真実の像を捉え、物如の智慧深い描写をすることで、表現の本意が尽きると考えている。もし俳句と称する文学が、実にかくの如きものであるならば、俳句は描写本位の文学である故に、小説等と同じ種目に属する芸術品で、断じて詩と言うべきものではないのだ。しかし吾人の見ている限り、古来のいかなる真の俳句も、悉く皆情象であり、単なる描写本位の句というものは決してない。多くの一般の俳句は、自然の風物に託して主観の情調や気分を詠じているので、純に観照のために観照をしている如き、没情感の冷たい俳句と言うものは見たことがない。例えば蕪村の

春の海終日のたりのたりかな

という句の如きも、単にかかる自然を描写しているのでなく、主観に於ける春日長閑の無為の気分を、対象の中に情調として見ているのである。他のあらゆるすべての俳句が、皆これに同じである。芭蕉の句

草の葉をすべるより飛ぶ螢かな

の如きも、或る種の小説家等が解する如く、単なる写実主義の描写でなくして、背景に於ける夏の夜の気分を情象しているのである。