轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 153,641 字 · 305 页

青空文庫

詩的精神の情熱が枯れてしまったら、そもそもどこに俳句の表現があり得るか?

されば和歌と俳句とは、その外観の著るしい差別的対照にかかわらず、本質上に於て全く同じ抒情詩であることが解るだろう。即ち俳句は、和歌のより渋味づけられたもの、錆づけられたものであって、一種の枯淡趣味の抒情詩に外ならない。しかしながらこの趣味の相違が、一方にはまた俳句をして、和歌と大いに特色を異にするところの、日本的特殊な――あまりに日本的特殊な――文学としてしまっている。吾人は俳句の長所を認め、その世界的に特色しているユニックな詩境を認めるけれども、これによって新日本の文明と芸術とが、いつも伝統の中に彷徨しており、世界的に進出し得ないのを悲しむのである。なぜならば日本人は、今日尚この特殊な俳句詩境に、あまりに深く惑溺しすぎているからである。これについて吾人は、後に章を改めて別に論ずるところがあると思う。

* 蕪村の詩に於けるイデヤは、あの春風馬堤曲に歌われている通りである。即ち「昔々しきりに思う慈母の愛」「春あり成長して浪葉にあり」の情愁で、時間の遠い彼岸にある、或る記憶に対するのすたるじや、思慕の川辺への追憶である。