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しのげんり
詩の原理
萩原 朔太郎
「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 153,641 字 · 305 页
したがってまた日本では、「散文」「韻文」等の言語が、全くでたらめに使用されてる。西洋では、自由詩のことを無韻詩と称している。無韻詩とは韻律の無い詩であるから、それ自ら散文の一種であるのは明らかだ。然るに日本の詩壇では、自由詩がいつも韻文として考えられ、散文の対照のように思われている。そして一体に、こうした言語が正解されず、ひどくでたらめの語義に濫用されてる。しかも言語が、かく無定義に使用され、漠然たる曖昧の意味で考えられてる間は、詩に関するいかなる認識も起り得ない。
それ故僕は、特に言語を合理的に、辞書の正解によって文字通りに使用している。然るに僕の読者等は、詩壇の通俗な常識解で、言語を曖昧に使用してるところから、僕の意味する語義が、しばしば読者の側から反対に受け取られる。たとえば僕が、自由詩に於ける韻律観念を排斥し、川路柳虹君等の形式論者に反対する時、読者の方ではこれを解して、僕を詩の破壊者と見、詩の音律を不用視して散文的に低落させるところの、邪道的暴論者流のように考える。思うに「近代風景」一味の人々が、僕に対して有する抗議の中心点が、この辺の誤解にもとづいているのだろう。