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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
一指さす天
一
そうして、翌る日の朝。
武蔵は、支度して、先へ軒を出ていた。
「――伊織、伊織。はやく来い。持って行くような物は何もあるまい。あっても、未練を残すな」
「はい。今参ります」
三之助は、後ろから、飛び出して来た。着のみ着のままの支度である。
今、武蔵が、「伊織」と彼を呼んだのは、彼の祖父が、最上家の臣で、三沢伊織といい、代々伊織を称して来た家だと聞いたので、
(おまえも、わしの弟子となって、侍の子に返った機に、祖先の名を襲いだがよい)
と、まだ元服には早い年齢であったが、ひとつの心構えを抱かせるために、ゆうべからそう呼ぶことにしたのであった。
しかし、今飛び出して来た姿を見ると、足にはいつもの馬子草鞋を穿き、背中には、粟飯の弁当風呂敷を背負って、尻きり着物一枚、どう眺めても、侍の子ではない、蛙の子の旅立ちである。
「馬を遠くの樹へ持って行って繋いでおけ」
「先生、乗って下さい」
「いや、まあいいから、彼方へ繋いで帰って来い」
「はい」
きのうまでは、何かの返辞も、ヘイであったが、今朝からは急に、ハイに変っている。子供は、自分を改めることに、何のためらいも持たなかった。