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みみずのたわこと
みみずのたはこと
徳冨 健次郎
Read みみずのたはこと (みみずのたわこと) by 徳冨 健次郎 (とくとみけんじろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 265,437 characters · 530 screens
主人と妻と女児と、田の畔の鬼芝に腰を下ろして、持参の林檎を噛った。背後には生温い田川の水がちょろ/\流れて居る。前は畝から畝へ花毛氈を敷いた紫雲英の上に、春もやゝ暮近い五月の午後の日がゆたかに匂うて居る。ソヨ/\と西から風が来る。見るかぎり桃色の漣が立つ。白い蝶が二つもつれ合うてヒラ/\と舞うて居る。跟いて来た大きな犬のデカと小さなピンが、蛙を追ったり、何かフッ/\嗅いだりして、面白そうに花の海を踏み分けて、淡紅の中に凹い緑の線をつける。熟々と見て居ると、紅の歓楽の世に独聖者の寂しげな白い紫雲英が、彼所に一本、此処に一株、眼に立って見える。主人はやおら立って、野に置くべきを我庭に移さんと白きを掘る。白い胸掛をした鶴子は、寧其美しきを撰んで摘み且摘み、小さな手に持ち切れぬ程になったのを母の手に預けて、また盛に摘んで居る。
主人は田川の生温い水で泥手を洗って、鬼芝の畔に腰かけつゝ、紫雲英を摘む女児を眺めて居る。ぽか/\した暮春の日光と、目に映る紫雲英の温かい色は、何時しか彼をうっとりと三十余年の昔に連れ帰るのであった。
時は明治十年である。彼は十歳の子供である。