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みみずのたわこと
みみずのたはこと
徳冨 健次郎
Read みみずのたはこと (みみずのたわこと) by 徳冨 健次郎 (とくとみけんじろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 265,437 characters · 530 screens
余等は其一を伝うて上った。打見たよりも山は高く、思うたよりも路は急に、靴の足は滑りがちで、約十五分を費やして上り果てた時は、額も背も汗ばんで居た。頂はやゝ平坦になって、麓からは見えなかった絶頂が、まだ二重になって背に控えて居る。唯一つある茶店は最早店をしまいかけて、頂には遊客の一人もなかった。
余等は額の汗を拭うて、嫩草山の頂から大和の国の国見をすべく眼を放った。
夕である。
日はすでに河内の金剛山と思うあたりに沈んで、一抹殷紅色の残照が西南の空を染めて居る。西生駒、信貴、金剛山、南吉野から東多武峰初瀬の山々は、大和平原をぐるりと囲んで、蒼々と暮れつゝある。此暮山の屏風に包まれた大和の国原には、夕けぶり立つ紫の村、黄ばんだ田、明るい川の流れ、神武陵、法隆寺、千年二千年の昔ありしもの、今生けるものゝ総てが、夜の安息に入る前に、日に名残を惜んで居る。
余等は麓の方に向うて、「おゝい」と声をかけた。一つの影が縁台をはなれて、山をのぼりはじめた。それは鶴子を負うた車夫であった。やがて上りついて、鶴子は下り立った。
余等は更に眺めた。最早麓に一人残ったお新さんの影もよくは見えない。