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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

わけても、穢の思想は、根ぶかく、神道とも仏教ともからみ合せて、実生活の一面に、深刻な病的心理を蝕ませていた。

たとえば、死穢に触れたとなると、三十日の忌を最上とし、少なくも、七日は、祓除をしなければならない。

産婦にふれた者、家畜の死にふれた者、火を出した家の者、みな、触穢の者と忌まれるのである。

その一人ばかりでなく、周囲の者、家人、時には、出入りの知人までが、同様な目に遭うこと、少なくない。

史書に、実例を索めれば、枚挙にいとまがないほど、幾らでも、事件が出てくる。二、三例を拾ってみれば――

=朱雀帝ノ天暦元年。左近衛府ノ少将ノ飼犬ガ、死者ノ骨片ヲ咥ヘテ来タトイフノデ、府ハ、三十日ノ穢トナツテ門ヲ閉ズ。

=同月、府ノ井戸ヲ、ソレト知ラズ、修法所ノ童ガ汲ンデ用ヰタト騒イデ、大内裏中、七日ノ穢ニ服ス。

=光孝帝ノ世代、貞観殿ノ南ニ、少女ノ死髪ヲ見出デ、諸司釈典ヲシテ、三十日ノ祓ヲス。

このほか、産児の臍緒が落ちていたというので、辻の通行止めがあったり、火災の出た場所の土をふるわせて、火の神を祀ったり、およそ気病いの厄神が、上流層の心に、これほど悪戯を振舞いぬいた時代はない。