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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

川の瀬・人の瀬

人知れず、寝どこを抜け出し、加茂川と一天の涼夜をわがもの顔に、河鹿と共にあることが、ひそかな愉悦であったのである。

――その晩も。いや、もう五更の頃であった。例のごとく、まっ裸になって、清流に身をなぶらせていると、対岸の糺ノ森の下あたりから、一群の人影が川原の方へ降りて来た。うち七、八名は、浅瀬をこえて、こっちへ渡って来る様子。――はてな? と見ているまに、それらの者の影は、小一条の館の裏手に、ふたりほどの見張をのこし、あとはみな、紫陽花の壺の築土をこえて、中へ掻き消えてしまったのである。……小次郎は、終始、眼をまろくして見ていたが、やがて、愕然と、気がついた。

「あっ……。群盗だ。……とうとう、ここへもやって来た」

川の瀬・人の瀬

およそ、盗賊の跳梁ぶりは、いま、いかなる貴紳の第宅でも、その出没の土足に、まぬがれている館はない。

この夏の、公卿の別荘のさびれは、一つは、その脅威だといわれている。つい五月雨ごろには、内裏の御息所にさえ、不敵な怪盗が、ある行為をのこして去ったという程である。

――が、さすがに、時めく、小一条の左相の邸には、まだその騒ぎが、今日まではなかった。