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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

投銭

大般若経だの漢籍みたいな物ばかり持って来たのじゃ、色気がなさ過ぎて、仏法弘通の方便でないと考えたにちがいないさ」

「放免さん、まだかい。小一条は」

「あ。もう見えている。……あれだよ、あれに見える長い長い築土、御門、幾つもの大屋根、築山の樹々、そっくり取り囲んだ一郭が、のこらず小一条院のお館さ」

小次郎はもう連れへの返辞もわすれていた。近づくにつれ、彼のひとみは、その宏壮と優雅なる寝殿造りの邸宅の美に打たれて、ただもう驚異と、ある畏れに、身が緊まってくるだけだった。

「あ。……今日はまた、お客人を招いて、御宴楽の折とみえる。……な、ほれ。あの舞楽の曲が、洩れ聞えてくるだろうが」

門前を、やや離れた所で、二人は、ふと佇んだ。――なるほど、連れの放免のいうとおり、築土ごしの樹々を透して、笙、和琴、振鼓、笛などの散楽譜が、天上の雲間からでも降ってくるように、小次郎の旅垢だらけな耳の穴へも、春風とともに、忍びやかに、流れこんできた。

投銭

百敷の大宮人は いとまあれや

さくら挿して今日も暮らしつ

自らの生活を、こう詠み誇った人々をきょうも呼び集めて、小一条の対ノ屋から泉殿のあたりには、奏楽がやむと、主の忠平の大きな笑い声やら、客の嬌笑雑語の溢れが、大表の轅門から、垣舎のほとりまで、近々と洩れ聞えていた。