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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

菅公の三番息子

蝦夷萩は、十六だったから、奴隷仲間で、ただ措かれているはずはないし、二ツ下の小次郎とて、決して、彼女との馬糧倉が、初めてだったわけではない。

菅公の三番息子

厩は、牧のほかにも、本屋の曲輪を中心として、小さいのが、諸所にあった。いつでも、戦に応じられるように、鞍を備え、弓倉や矛倉の近くにあり、それらを柵の厩とよんでいた。

この栗毛は、迅いぞ、矢風や矛の光にも、たじろいだ事はない。名馬の相があるぞ、仔種を絶やすな――と、父の良持が、十年の余も愛乗していた牝馬の背に、小次郎は、なんの感傷もなく乗った。

鞍には、旅の食糧やら、雨具やら、郡司の吏に咎められた時に示す戸籍の券やら、一束の弓矢をも結いつけて、豊田の館を出るとすぐの坂道へ、意気揚々と、降りて行った。

どこかで、蝦夷萩の顔が、自分を見送っているような気がしたが、振向いても、仰いでも、行くてに展けた桑畑をながめても、どこにも見えない。

――殺されますよ。武蔵野を通ると。

と、あんなに熱い息でささやかれたのに、彼の頭には、自分の死が、ちっとも、考え出されて来なかった。水々しい果物のような乳くびだの、すこし縮れている猪油の黒髪だの、キリキリと前歯をきしませたあの時の唇もとだの、そんなものしか脳膜に写って来ない。