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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

野の王者であり、野人の中の親分であった。

けれど、こういう順調な、そして隆運の日が巡って来ても、彼には、どこか虚無的な影が拭いきれていなかった。――こういう変り方が彼の人間に見え出してきたのは、最愛の桔梗と、彼女との仲に生まれた一子とを、叔父の良兼の兵のために、芦ヶ谷の入江で惨殺された時からの現象である。

あのときの、彼の絶望感と、人間の残虐性への烈しい憤怒とは、今もって、鑿で彫りこんだように、彼の相貌に、深い陰影をとどめている。

顔ばかりでなく、その陰影は、もちろん、心の壁にも、カビみたいに、染みついていた。

酒は、年と共に、量を増した。いまでは大酒の方である。鯨飲すると、心の窓がひらけ、自然、からりと気が晴れるらしい。

「おい、蝦夷萩。……おまえはもう都へ帰さないぞ。それとも江口へ帰りたいか」

将門は、草笛のほそい腕くびを握っていった。ある夕べの酔いの中であった。

「まあ、私を、蝦夷萩だなんて……。私は江口の草笛ですよ。そんな名ではありません」

「拗ねたのか」

「だって、ほかの女と間違えられたりすれば、どんな女だって怒るでしょう」

「怒るなら怒れ。……都にいた頃、初めて、おまえと馴染んで、心をおどらせたのも、おまえがその蝦夷萩と瓜二つといってよい程、よく似ていたからだった。