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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

で、神田祭りの大祭を、勅免祭りともいったという。

旧、大蔵省玄関前には、明治頃まで、将門の首洗い池があった。また、日本橋の兜神社、鎧橋などの名も、みな将門の遺骸とか、遺物とかに、因みのあるものと、いい伝えられている。

そのほか、将門伝説は、関東地方一円にあって、挙げきれない程である。けだし、将門の子孫とか、坂東平氏の末流とかいうものが、この地方の土壌には、草分けの家々として繁殖して来た関係によることはいうまでもない。

×       ×

ここで、乱後、おかしなことは、征夷大将軍忠文の、凱旋ぶりと、論功行賞などの取沙汰である。

彼の正統な討伐軍が、坂東へ着いたときは、もう戦乱は、終っていた。それにたいし、秀郷が、どんなあいさつを以て、朝廷から節刀を受けて来た征夷大将軍をあしらったであろうか。前後の事情を想像してみても、興味ぶかいものがある。

忠文のばあいは、凱旋ともいえない帰還だった。そのせいか、都に帰っても、朝廷からは、忠文以下に、何の論功行賞もなかった。

忠文は、公卿の衆議にふんがいし、それを怨みに、憤死したなどという記事が「古事談」