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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

かれは元来、理性にとみ、部下の意地にのって、伝来の財、田地、官職――まちがえば生命までを賭けるような迂愚ではなかった。それまでの、処世にも抜けめなく、日ごろの行動にも、計算をもつ男で、こんどの事件をひき起した如き例は、かつてない事だし、彼としては、実に、族長のつらさといおうか、若気のいたすところといおうか、大いに悔いていたのである。

(甘んじて、罪に服し、償いを、後の計とすべきである)

彼がすすんで、服罪したので、一族もみな、兇器を捨て、太政官下知に依って問罪の使節として下向して来た将軍の手につながれ、同年八月十二日甲午、同族の兼有、高郷、興貞等――すべて十八人、重罪により配流といい渡され、伊豆の南端へ、流されたのであった。

そして、配所の罪人と月日をすごすこと、およそ三年。

そのあいだには、彼の妻の縁をたよって、都の大官たちの間に、あらゆる赦免運動が行われていたことはいうまでもない。

三年にみたず、赦されたのは、まさに、その効といってよい。しかも、帰国して謹慎後、一年の余で、さきの官職にも復し得たのは、なみならない蔭の声と黄金の力でもあった。

そこで、秀郷は、将来のため、また、その折にあずかって庇護をうけた右大臣忠平へ、かさねて、莫大な音物をたずさえて、はるばる上洛したわけであった。