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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

中にその作品が収められているが、この本を、加納諸平系の海上胤平が『十四家集評論』というもので片っ端から悪評し、それを鈴木弘恭が『十四家集評論辯』として反論したこともあった。兄の依頼と松波翁の紹介で、私は松浦翁の門に入ることになった。そして翁の門人の田山花袋が私の許を訪れ、歌会に誘うようになり、太田玉茗や宮崎湖処子、桜井俊行、沖永良部島出身の土持綱安らのグループによる紅葉会の文学運動に私も入ることになったのである。

市ヶ谷加賀町にあった養家から、毎日、木挽町の役所に通ったわけで、まだ電車もなく、市ヶ谷見付まで出ると人力車の溜りがあったので、そこから俥に乗って行った。月給の半分は車代に、残る半分を小遣にという、思えば気楽な身分であった。

三十三年に役所に入り、三十五年にはもう法制局へ連れこまれてしまったから、農商務省には二年足らずしかいなかったが、この間に主に田舎を歩いたわけである。そのころは官民の政治争いがひどくて、国会の解散ばかりがつづいた。そんな時に農政局なんて役所は何の用もなくなる。「どこかへ行って来ないか、旅費はあるぜ」というわけで、中にはちょっとでもいいから外国へ行く者などもあったが、私は専ら国内を歩くことにしていた。