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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

私の生家

。当時の医者速成機関で、ドイツ語を使わず訳語で学んだものである。二十六歳で兄はそこを卒業して医者にはなったものの、郷土で開業するには、資本や新しく地面が要る。故郷には医者の親戚も多いというわけで、本人も帰る意志がなかったところに、偶然のことから茨城県のある旧家から嫁をとり、同時に友人の世話で布川という町の、若死した医者の家の跡を借りて、開業することになったのである。兄はそれからのち三十何年目か、大正の末にたった一度故郷へ帰ったばかりだから、ほぼ言葉までが変っていたようである。

私は、こうした兄の悲劇を思うとき、「私の家は日本一小さい家だ」ということを、しばしば人に説いてみようとするが、じつは、この家の小ささ、という運命から、私の民俗学への志も源を発したといってよいのである。

私の生家

私の生れた辻川の家は、私の生れる前年、即ちちょうど祖母が亡くなった翌年、生野街道のかたわらの粟賀か福本あたりにあった老人夫婦だけの、医者か何かの家を買って来て建てたものであった。辻川の街道に面して黒板塀があり、表の空き地には兄が永住の地と定めて、さまざまな花木を植えていた。