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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

稲荷信仰のこと

現に東京あたりではを代用しており、さらに北方に行くに従って、極端な場合は、椿や松などを使用している地方の例などもあってみれば、必ずしも榊を祭の木とする、日本の固有信仰が、北に及んでいったとは考えられないのである。

江戸末期に、神遊びの古歌「榊葉の香をかしはしみとめくれば」云々の榊をめぐっての論争が多くの国学者間で交わされたことがあったが、それが樒であるという説も幾つかの例では知られているものの、これのみですべて前代の榊が樒であったという証拠にはならず、むしろ神を祭る者の選択によって、他の樹も用いられていたという推測をすら可能にするのである。また真榊は匂わない。もしこの歌が日本人の匂いの記憶の痕跡であったとすれば、南方から北漸していったわれわれの祖先は、祭の木に、この匂うクロモジやその類のものを用いていたと見られるのではあるまいか。

稲荷信仰のこと

辻川の部落の中ほどを、南北に貫いた堰溝については、前にもちょっと語ったが、この溝に沿って下流に下ってゆくと、そこに小さな五、六坪ほどの森がある。美しい藤の花がそこの樹々にからまって咲く季節になると、子供心にも和やかな気持になったものである。