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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

饑饉の体験

碑に刻まれた句は「べつたりと人のなる木や宮角力」とあり、私は子供心に一茶という名の珍しさと、その句の面白さを感じたものであったが、まだ一茶を知る人もないころのことである。

饑饉の体験

饑饉といえば、私自身もその惨事にあった経験がある。その経験が、私を民俗学の研究に導いた一つの動機ともいえるのであって、饑饉を絶滅しなければならないという気持が、私をこの学問にかり立て、かつ農商務省に入らせる動機にもなったのであった。

北条町にいた明治十八年のことである。それがおそらく日本における饑饉の最後のものだったろう。私は貧民窟のすぐ近くに住んでいたので、自分で目撃したのであるが、町の有力な商家「余源」をはじめ二、三の家の前にカマドを築いて、食糧のない人々のために焚き出しをやった。人々が土瓶を提げてお粥を貰いに行くのであるから、恐らく米粒もないような重湯であったかと思われる。約一カ月も、それが続いたように憶えているから、よほど大きな饑饉だったのであろう。私の母親も用心をして、人のうらやむようなものを食べてはいけないと、近所の人づきあいの配慮もあったのであろうか、毎日私たちもお粥を食べさせられたのであった。