轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

君の話はどうも沖縄人固有の気持に水をさすような結果になった。『古琉球』の跋には、この演説のことについて、多少の皮肉を洩らしている。

河上君は学校を出たころは、松崎蔵之助さんの指導で『日本経済新誌』を主宰していたことがある。田口卯吉の『東京経済雑誌』がいちばん古く、その次が天野為之の始めた『東洋経済新報』だったから、河上君のはいちばん新しく、しかもどちらかというと保護経済政策的な色彩が勝っていた。

表紙の赤い雑誌で、私も出たときからずっともらっていた。みるみるうちにその赤さがひどくなったわけである。単純な、詩人肌の、人柄のいい男が、学者として立ってゆけるものを、あんなになったのは不幸だったと思う。

私らがはじめて高等官になった明治三十五、六年ごろ、山崎覚次郎、桑田熊蔵などという人が主宰して、社会政策学会をおこしたことがある。そのとき福田徳三とか、高野岩三郎とかが働き手の中心だったが、関一などもいた。そして河上肇もやがて入って来た。このころから、少しずつ変化を生じたらしかった。私はちょうど一生懸命に官界で働いているときだったので、河上君ともあまり深くはつきあっていなかったと思う。