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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
た歌である、といった風なこと、また三田家には葆光氏の母堂で、九十歳を越える花朝老尼がおられたが、この方がまだ同家に嫁入りをされたばかりのころ、座敷で琴を弾じているのを、ちょうど来合わせた景樹がかいま見て、
山なしときく武蔵野の夏の夜に吹くやいづこの峯の松かぜ
と詠じた、といった風な話で、これも景樹の歌集に収められている。私は明治にあって、まだ生々とした江戸文化の残り火に肌ふれることができたのであった。
ついでながら、近世和歌史についても一言いっておきたいことがある。それは景樹翁が亡くなってから、歌が衰えたという説があるが、それは誤りであって、加藤千蔭や村田春海が亡くなってから、かえって歌はよくなっていると、私は見るのである。
後になって、落合直文や与謝野鉄幹らが出て来て盛んになったのは、時代の機運に乗じたのであって、それ以前の和歌がまずかったためではない。
その間の四、五十年というのは、じつは歌が良くなった時代であった。関東においても千蔭が力を揮った時代よりも、歌は良くなっている。その時代は京都から江戸へと都は移り、すべての文物が改められようとする時であり、この時期は日本文化の地方性に差等のあった時でもある。