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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

しかし、すぐ坐りこむのも何だか恥ずかしかったので、彼は立ったままもじもじしていた。

「ね、いいでしょう、お母さんにおねがいしとくわ。」

「次郎ちゃん、ご飯たべていけよ。由ちゃんをなぐるのは、明日でもいいや。」

竜一も、友達を自分の家の食卓に迎える楽しさに胸を躍らせながら、次郎の手を引っぱった。

「明日になれば、由ちゃんだって、もう喧嘩なんかしたくなくなるわ。だから、今日は外に出ないことよ。なんなら、泊っていってもいいわ。」

次郎は由夫のことなんか、もうどうでもいいような気になって、すっかり落ちついてしまった。

夕飯は、茶の間の涼しい広縁で、大勢と一緒だった。漆塗の餉台が馬鹿に広くて、鏡のように光っているのが、先ず次郎の眼についた。金縁の眼鏡をかけた竜一の父が、ちょうど彼の真うしろに、一人だけ膳についていたが、次郎は、たえず背中をみつめられているような気がして、窮屈だった。しかし、春子が何かと気を配って彼の世話を焼いてくれるのが、たまらなく嬉しかった。彼は、正木の家でのように、自由にたらふく食うことは出来なかったが、何かしら、これまでに知らなかった食卓の潤いというものを、子供心に感ずることが出来た。