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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

まぢかに、赤城の長い山裾が、くっきりと夏空を劃して見えた。田沼の宿は、東山道から横へ数里、北方にはいりこんでいる。押領使、藤原藤太秀郷の役邸がそこにあり、すこし離れた田原には居館がある。そこで、田原藤太秀郷とも人は称んだ。

「ほう。右馬允貞盛。あの貞盛が、訪ねて来たとか。ま、通せ通せ。……何日かは来るだろうと思っていたところだ」

田原の館の宏大な門に、旅人たちの馬は繋がれていた。

主の秀郷は、もう六十に近かった。地方人で、藤原の姓を称えている者は、めったにない。それ程、藤原氏の姓は、中央的な、また貴族階級的な匂いと、特権性をふくんでいた。

しかし秀郷は、都人でも、貴族の流れでもなかった。生れながらの坂東骨――未開地人の野性逞しき男である。

もっとも、母は藤原氏から出た者の女であるから、母方の家系を辿って、都の大官と近親をむすび、母姓の藤原氏を名乗ることは出来たにちがいない。

それをみても、若いうちから、相当な策士でもあり、野心のつよい性質で、地方人特有な“顔きき”に成るべく、早くから心がけていたことが分る。そして彼は、まんまと志を遂げた成功者であるといってよい。