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たいらのまさかど
平の将門
吉川 英治
「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页
であり、古池であり、森であり、また、見るもみじめな貧民たちの軒かたむいた板屋葺の長屋やほッたて小屋だった。いや、中にはまだ、穴居の習慣をもっている一部の極貧者すら、たくさんに住んでいた。
そういう地上に、また、突として、あちこちに、宏大な浄土の荘厳をほこっている堂塔伽藍の仏閣が散見できる。そこには、仏教渡来以来、宮中と廟堂に、牢として抜くべからざる根をもった僧侶たちが、依然、大きな生存範囲をかかえて、もう幾世紀にわたる特権の中にわがままを振舞ってきた。
「阿呆よ。何を拝むのだ」と、かれらにたいして、憤る者は、坊主の口まねを借りて、こういった。
「――釈尊は予言している。仏の教えも、功力の光をもち得るのは、せいぜい五々百歳にすぎず、正法千年、像法千年をすぎ、およそ二千年で、滅するであろう――と。あとは闘争腐敗の末法時代に入る――と明らかに現示しているではないか。かぞえてみると、延喜何年という今は、もう末法に入っているのだ。世は、寛平年代から、末世なのであり、今日の世のみだれも人間の堕落も、何のふしぎでもありはしない」
こういう声は、徐々に、巷に聞えだし、上流層も庶民も、ひと頃からみれば、よほど自己の信仰に、懐疑し出してはいたけれど、それでもなお、素朴なる知的水準にあるこの国の上では、およそ仏陀の鐘の音みたいに