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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

「なにっ」

将門のそれにたいする声も、ふるえを曳いて、あとは、

「桔梗や、和子が」

と、いったきりである。

唇のほか、血のいろもない顔を、じっと、持ち耐えながら、

「もっと、詳しくいえ。敵に見つかって、どうしたのだ?」

と、やっと次の語を吐いた。そして、物見の三名を、睨みつけた。

「無残や、お姿も見えません。……血にそんだ船や、あなたこなたに、御衣の袖やら、味方の郎党の死骸は、捨てられてありましたが」

すべてを聞き終らないまに、将門は、山を駈け下りていた。もちろん、すべての彼の部下が、山つなみのような勢いをなして、彼に駈けつづいたことはいうまでもない。

麓に近い平地に、味方の馬十数頭が隠してある。彼は、その一頭へ、とびのった。うしろに、兵が続いて来ようと来まいと、問題ではないらしい。彼はただ、彼の魂が翔けたい方へ、駈けている。

陸閑岸から、彼の妻子の船のある湖辺まで二、三里はある。その間、将門は、道も眼に見えなかった。

蘆荻と、水が近づいた。

晩秋の大気は、水も空も、ひとつの物みたいに、しいんと、澄みきって、そこに、何があったかを、疑わせる。余りにも、自然は、平和であったし、美しすぎるほど、美しい秋を深めている。