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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

――それが、きのうの、夕暮であった。

酸鼻をきわめた辺りの状は、なおそのままで、余りの生々しさに、鴉も近づいてはいなかった。

将門は、一たんは、たしかに、狂いにちかい発作をやった。哭くとも喚くともつかない怒号をつづけて暴れ狂った。醜態といえば醜態なほど嘆いた。けれど、この時代の曠野の人間は――いや、たしなみある都人の間でも、喜怒哀楽の感情を正直にあらわすことは、すこしもその人間の価値をさまたげなかった。将門の部下は、むしろ、将門がだらしのないほど、哭いたり狂ったりするのを見て、心を打たれた。そして彼らもまた、おいおいと手放しで泣き、洟水をすすりあい、そして遥かに筑波の山影を望んで、

「みろ、みろ、おのれ鬼畜め。わすれるな良兼」

と、拳を振るもあり、眦を裂いて罵る者もあった。

彼らのような半原始人のあいだにも、なお女性や幼い者への愛しみはあった。いや弱くて美しいとなす者を虐げる行為を憎む感情は、道徳概念ではなく、本能のままな強さを帯びていた。従ってこの結果は、当年の史実を伝える唯一の原典といわれる「将門記」の記事にも、

――爰ニ将門、本土ヲ敵ノ馬蹄ニ足躙サレ、奮怨ヤム所ヲ知ラズ、ソノ身ハ生キナガラ、ソノ魂ハ死セルガ如シ