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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

と、いうのである。

「ひとたびは、権守まで勤めながら、一族をつれて、他国へ流亡し、おれの門に頼って来るとは、よくよくな事だろう。西ノ柵の内に、一構えの屋敷が空いているはずだ。あれへでも入れてやれ」

数日の後には、興世王の妻、女、童、下郎たちも辿りついて、彼の一家族だけでも五十人近い人間がまた、豊田曲輪のうちに住むことになった。

いわゆる風を慕って集まるというものであろうか。相馬殿の門へ頼ってゆけば、何とかしてくれる――と伝え聞いた者共が、興世王のほかにも、幾組もあった。

しかし、そういう類の者は、いずれも曰く付きに極まっている。もっとも、それを承知で、禍いも共に、ひきうけたと、呑み込んでやるのが、後世のいわゆる仁侠の親分であり、その性情は、武蔵野人種のあいだには、将門時代から持ち前のものであったらしい。

天慶二年の秋、十月初めの頃だった。

常陸の国から、また、この下総豊田へ、流亡して来た人間がある。

藤原玄明といって、常陸の官衙で、少掾の職にあった男である。

これも大勢の妻子や召使を連れ――

「どうか、お匿いねがいたい」

と、泣きこんで来たのであった。